どうも。
2024年6月に開催された「ちくちくび落語会」
「『ちくちくび』というタイトルの落語」が募集され、11作品が集まったという、かなりイカレタ…いや素敵な企画でした。
その時に出した落語です。
多分、今後やることもないかなと思うので、記念に書き残しておきます。
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久保田:久
課長:課
久:「課長、ちょっとお時間いいですか。折り入ってご相談がありまして…」
課:「どうした、久保田君、神妙な顔して…まさか、辞めたいなんていうんじゃないだろうね!頼むよ、うちの部署、今年もう3人やめてるんだよぉ。これ以上人がいなくなったら持たないよ!何が不満?給料?休日?それとも上司の態度?ねぇ、待って考え直して、ね、悪いところあったらなおすからー!」
久:「落ち着いてください課長。やめたいんじゃないです。ちょっと有給もらいたくて」
課:「有給?休みか?休みくらいならいいよ!まだ有給余ってるんだろ?休暇を取るのは労働者の権利だー、堂々と休みなよー。…うん、で、休みを取るのに理由を言う必要はないんだ、さっきも言ったようにこれは労働者の権利なんだよ。言う必要はない、必要はないんだけど、で、なんかあったの?」
久:「実は、実家の母親が入院しまして、明日手術なんで立ち会いに行かなきゃなんですよー」
課:「なに?おふくろさんが?そりゃ大変だ。うん、なんなら今日はもう早退してもいいくらいだよぉー。久保田君、実家は確か…九州の…」
久:「佐賀です。お気遣いありがとうございます。飛行機、明日の便を予約したんで早退は大丈夫です」
課:「そうかー、おふくろさん、どこが悪いの?胆嚢?脾臓?後腹膜?」
久:「なんでそんなに限定的なんですか。そうじゃないんです、足を骨折したんですよ」
課:「骨折?骨を折った?なんでまた?」
久:「当人に電話で聞いたところなんですけど…実家の前に農業用の用水路が流れてるんです。これが結構、澱んでて川というか、まぁ、ドブです。で、家から出てきた母親は車に乗ろうと、右手に車のキー、左手にさっきまで食べてたミカンの皮を持ってたんですって。で、その左手のミカンの皮をドブ川に投げ捨てようとしたところ、どういうわけか、右手に持ってた車のキーをドブ川に放り込んだそうなんです」
課:「…え?どういうことなの?」
久:「すみません、ツッコミたい気持ちはわかりますが、もう少し続きます。動転した母親は、左手に持っていたミカンの皮をポケットに大事にしまったあと、そのドブ川に入って、車のキーを探したそうなんです。深さが膝上くらいまでなんで、そんなに危なくはないんですけど、底がヘドロ状態になってて、探しても見つかるわけないんです。結局、カギは見つからず。ドブ川から上がろうとして、滑って転んで骨折した、そうです」
課:「うーん、なんだろね。訳は分からないけど、リアリティだけはあるね」
久:「はい…悲しいことに実話ですから…」
課:「そうかー、そ、それは、愉快なおふくろさんだな」
久:「一緒に生活してたら深刻に大変なんですよ…あ、そうだ、それで、母親が持ってきて欲しいものリストを書いてよこしてきたんですけど、よくわからないものがあるんで、一緒に考えてもらっていいですか?これなんですけどね(スマホを渡す)」
課:「んー?スマホにメッセージが来たのか…えーと、なになに… 『こにちわ おべんきです』 お手洗い中なのか?」
久:「あ、それ『こんにちは おげんきですか?」って言いたいんです。スマホ文字入力苦手なんで、解読しながら読まなきゃなんです」
課:「そうかそうか、えーっと『あし ほねおた にういん した!』 なんだろな、中華料理食べたくなってくるな。あ、ここで音声通話したんだな」
久:「そうですそうです。それで、骨折の顛末が分かったんです。問題はその後です」
課:「えーっと『もてきて ほしもの ある!』 『ほけんしよ うえーとていういっしゅー ふふんいれは いやほんとらしいお ちくちくび』 なんだこれは????全くわからん???」
久:「だいたいはわかります」
課:「えっ!?わかるの?」
久:「長い付き合いですからね。昔からこんな感じなんですよ。最初は『保険証』ですね」
課:「うん、それはだいたいわかる。問題は次からだ。うえーとていういっしゅー?具合の悪いDAIGOか?」
久:「あ、それウエットティッシュですよ。うちの母親にしては頑張ったほうですよ、課長も試しにスマホで『ウエットティッシュ』って入力してみてください、結構苦労しますよ」
課:「ウェット…ティ…あ、ホントだ。次が、ふふんいれは?ふふん?ふふふん?どうしたんだ唐突にハミングが始まったぞ」
久:「きっと『部分入れ歯』です。濁点苦手なんですよ」
課:「なるほど入れ歯か、どおりで何処かから息が漏れてるみたいになってるんだな。次が…いやほんとらしいお…いや、ほんとらしいお??何が?何がホントなんだ?」
久:「これは、カタカナにしたらわかると思いますよ」
課:「カタカナ?イヤホン?あ、イヤホンだ!」
久:「あと、その『し』のあとの『い』は濁点のつもりだと思います」
課:「ということは、ラジオ!?イヤホンとラジオ!!わかると気持ちいいな!しかし、こんなメッセージがしょっちゅう送られてくるのか…大変だな久保田君も」
久:「毎回謎解きですよ、いやほんと大変なんですよ。あ、これはイヤホンじゃないですよ」
課:「わかっとるよ。で、最後の『ちくちくび』。これは何だ?」
久:「それが…わかんないんですよ」
課:「わかんない?久保田君にもわかんないのか!?」
久:「ええ、課長、分かりませんか?」
課:「久保田君にわかんないのが、私にわかるわけがないだろ?おふくろさんに電話して聞いてみたらいいじゃないか?」
久:「それが充電切れちゃったみたいで電話繋がらないんです。病院に電話しても、当人は骨折して動けないから電話のある場所まで呼び出すわけにもいかないし。まして、看護師さんに『すみません、ちくちくびって何?って当人にきいてください』なんて電話口で言えるわけもないですし」
課:「そりゃそうだ。うーん、なんだろうな、ちくちくび。ちくちくび…あ、久保田君、つかぬことを聞くけども、あ、これは、答えたくなければ答える必要はない。ないけど…も」
久:「な、なんですか?」
課:「君は、粉ミルクで育ったか?」
久:「なんの話です?」
課:「だから、粉ミルクか母乳か、って話だよ、あ、答えたくなければ答えなくていい、これはセクシャルなハラスメントになるから、ね」
久:「ハラスメントにはなりませんよ…確か母親は『あんたは完全母乳だから病気しないのよ!』って言ってたんで、母乳じゃないですか?」
課:「で、どうだったんだ?」
久:「へ?何がですか?」
課:「だから!おふくろさんの、それが、特殊な形状をしててだよ?ちくちくして、飲みにくかったとかさ。それで、赤ちゃんのころは苦労を掛けたねぇって、言いたいんじゃないのかな?」
久:「は?」
課:「うん…違う…かもな」
久:「違いますね。違いますけど、苦労は掛けられてきましたよ。とにかく言い間違いとか多いんですよ。こんなこともあったんですよ、高校卒業して一人暮らしを始める時の話なんですけど。母親とテレビを買いに電器屋に行ったんです。当時、テレビデオってやつが流行ってましてね」
課:「あー、あったなー。テレビとビデオデッキが合体してるヤツな。」
久:「そうですそうです、で、当時のテレビデオって、裏番組の録画ができないヤツが多かったんです。観てる番組しか録画できないんです。でも、裏番組が録画できるヤツも中にはあったんで、母親が店員さんに聞いてみることにしたんです。『すみませーん、裏ビデオが録画できるテレビありますかーっ!』って」
課:「おいおい」
久:「言われた店員さんも、ひきつった笑顔で『いやー、これはそういうのは出来ませんね』なんて言ってたんですよ。そしたら、今度はこっちに向かって『ほらー、あんたも裏ビデオ観たいやろ!』って言いだすんですよ。顔から火が出ましたよ!」」
課:「ん!分かった!それだ!」
久:「裏ビデオですか?」
課:「違う、そうじゃない、テレビデオだよ!テレビとビデオが合体して、テレビデオだろ?だから、『ちくちくび』も『ちくちく』と『くび』が合体してるんじゃないか?」
久:「『ちくちく』と『くび』??はっ!もしかして、アレかも?」
課:「何か心当たりある?」
久:「母親、寒がりなんです。この時期になると、首回りが寒い寒いっていつも言ってて...だから、あのセーターが欲しいんじゃないかって」
課:「あのセーター!!首回りの寒くないヤツ!だけど、首回りがチクチクするヤツ!」
久:「そう!あれです!母親、ど忘れしたら適当に名前を付ける癖(へき)があるんです!仕事帰りに買っていきます!課長!ありがとうございます!」
課:「なんのなんの!おふくろさんによろしくな!」
久:「課長、おはようございます!」
課:「おおー、久保田君、どうだったかね?おふくろさんの手術、無事に済んだかね」
久:「おかげさまで、順調でした!それから、例の『ちくちくび』、やっぱり、アレで正解でした!」
課:「そうかそうか、やっぱりアレだったか」
久:「はい、病室に持っていったら、『そうそう、これこれ、名前をど忘れしちゃったのよ、ありがとう、タートルネックのセーター』って言ってました。だから言ったんですよ『何言ってんだ、それはハイネックのセーターだ』って」
課:「ちょっと待ちたまえ、私は『とっくりセーター』のつもりだったんだが?」
久:「課長、違いますよあれは『ハイネック』ですよ!」
課:「『とっくり』だろ!?」
久:「『ハイネック』ですよ!あ、ちょっと待ってください、母親から電話です。え?なに洗い替えのタートルネックのセーターが欲しい?だーかーらー、あれはハイネックだって!課長からも言ってくださいよ!」
課:「『とっくり』だって!」「ハイネック!」「タートルネック!」「とっくり!」
久:「はぁはぁ、課長一旦落ち着きましょう。議論はいつまで経っても平行線です。ここはひとつ新しい名前を出しましょう」
課:「はぁはぁ、そうだな、新しい名前に統一しよう。え?アレの新しい名前?そりゃもう決まってるだろ?」
久:「そうですね、今日からアレの新しい名前は『ちくちくび』です」
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